城学詩吟の会


城学詩吟の会」は、全国組織の公益社団法人「日本吟道学院」公認の会で、昭和45年麗澤大学教授・故渡辺龍帥が柏市に創立した会です。令和元年より、四代目鷲津龍蒼が会長を務めていますが、前会長の中西康神は「日本吟道学院」の最高顧問に就任しています。

現在は、柏市、野田市、守谷市に22の教場があり、自由闊達な雰囲気の中で、100名の会員詩吟の研鑽と吟道の普及に努めています。


              鷲津龍蒼会長

  若い頃より「城学詩吟の会」の創立者・故渡辺龍帥に師事し、吟瀝50年が過ぎました。 現在、「日本吟道学院」理事・ 指導本部指導局長、また、柏市吟詠剣詩舞協会の理事を務め、全国各地への講習会に講師として赴いています。 

元気で歯切れのよい、熱心な指導に定評があります。

  また、詩吟を身近な親しみのあるものにするため、語りやナレーション、芝居など取り入れた舞台表現を研究しています。


詩吟とは

詩吟のイメージとして、年配の男性が漢詩を浪曲のようにウンウン唸ってやるものと捉えられている方が多いようです。たいていの方は、実際に詩吟を聞いたことがなくても、詩吟といえば「べんせい、しゅくしゅく」だと知っています。

以前、「詩吟」は男性が主体で漢詩を主に吟じていたようですが、近年は女性の愛好者が増え、男性より女性の割合が高くなっています。

また、吟じられる詩歌として当会が所属する日本吟道学院では、漢詩、短歌、俳句、新体詩から五行歌等、詩であればあらゆるものが吟の対象となっています。



詩吟の始まり

江戸時代、武士にとっては漢学を修めるのが立身出世に必要でした。江戸時代後期に各地に私塾や藩校が競い立ち、中でも広瀬淡窓が豊後の国・日田に開いた私塾、咸宜園(かんぎえん)には各地から3000人以上の塾生が集まりました。淡窓は漢詩を教えるときに声朗々と吟じたといわれております。塾生たちが故郷に帰って吟じたのが咸宜園調の詩吟で全国に広まり、これが現在の詩吟の基幹になっているといわれています。


吟じる詩歌の多様性

1.漢詩

 李白の「静夜思」や杜甫の「春望」など唐代の漢詩、菅原道真や頼山陽、西郷南洲や幕末の志士の作品など多くの漢詩が吟じられています。      

2.短歌

 短歌は和歌ともいわれ、柿本人麻呂や山上憶良など古典の歌から、石川啄木や若山牧水など現代の作品も多く吟じられています。短歌は五七五七七と短いため二回繰り返して吟じるか、同じ作者、同じ季語の短歌を三首以上連ね短歌連吟として吟じることも多くなりました。

3.俳句

「古池や」で有名な松尾芭蕉、小林一茶、与謝蕪村、また、正岡子規や夏目漱石らの俳句を主に陽旋律で吟じますが、俳句は五七五と短いため、繰り返して吟じる重返体や俳句連吟として吟じます。また、種田山頭火のような自由俳句も、陰陽転調吟として楽しんでいす。

4.新体詩

 明治になって、それまでの漢詩・短歌・俳句など伝統的な詩から離れ、西洋の詩を模範として新しく生まれた詩のことです。島崎藤村の「小諸なる古城のほとり」、「初恋」などの五七調、七五調の定型詩、萩原朔太郎の「帰郷」、佐藤春夫の「奥入瀬のうた」、坂村真民の「念ずれば花ひらく」など、さまざまな自由詩も数多く吟じられています。